
世界を走り続ける是枝裕和監督
映画『怪物』
是枝監督はこれまで『そして父になる』『万引き家族』など数多い映画大作を世界に放ってきた。レッドカーペットでも姿を現したかと思うとすぐ移動し、立ち止まる瞬間がないほど超多忙な存在だ。評論家のトニー・レインズ氏が「彼の映画は必ず見るように」と映画関係者に念押していたほどバンクーバー国際映画祭の常連だが、今はトロントや釜山など大きな国際映画祭が重なり監督の姿が見えない。「バンクーバーが好きだから行きたいけど、今も東京でドラマの撮影中。時間に余裕が無い」と話す監督は、トロント国際映画祭でも一日中プレスインタビューに応えていた。9月9日の夕方、インタビューは最終5時前でかなり疲れていたにもかかわらず、監督は笑顔で応じてくれた。
周りの期待とチームワーク
カンヌ国際映画祭は映画の伝統を守ると自称しているように、どんな大物監督でも観客に何かが伝わらないと招待を受けられない場所。一度呼ばれるだけでもすごいことなのに、是枝監督の場合はほぼ毎年招待を受け、最高賞のパルム・ドール賞など数ある受賞に繋がっている。日本だけでなくアジアや世界を代表する監督として、かなりのプレッシャーがあるだろう。それについて尋ねると監督は意外にも「映画作りのプレッシャーは全くないです」と笑った。「ただ」と間をおいて、「来てくれた観客が全員最後まで笑顔で見ていてくれるかということにプレッシャーを感じている」と話し、「カンヌに呼ばれてすごく嬉しいけれど、呼ばれることよりそこで周りの期待に応えられるかが大事」と続けた。そして「映画の製作チーム、スタッフはこの10年くらい同じで、僕のやりたいことをわかってくれている。良いスタッフに恵まれていることが大きい」と答えた。
是枝監督はドキュメンタリー出身の監督らしく、これまで撮影、編集、脚本など全てをこなしてきた。今回は監督にしては珍しく、脚本は91年の大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』などで知られる坂本裕二さんに、そして音楽はミュージシャン兼作曲者として世界的に知られた坂本龍一さんにお願いした。「もし彼に断られたら音無しにする」と考えていた監督は、坂本さんから映画のために作った新曲2曲を提供され、「良かったらアルバムからも使ってください」と言われたそうだ。
さらに「映画の設定は東京だったのに許可が下りなくて」と監督は苦笑いして、「撮影の協力体制の整った長野県の諏訪」に行き、夜の真っ黒な諏訪湖を見ながら撮影を決めた。脚本の坂元さんを現場に呼んで大きな川を湖に変えてほしいと頼み、一緒に3回の湖のシーンを作成した。いつも撮影中に自分の書いた脚本について気にする監督も、今回は安心して撮影を楽しめたという。
話している是枝監督を見ていると安心したリーダーシップを感じさせる。過去に日本だけでなく、韓国やフランスの大物俳優たちからも「是枝映画に一度出てみたい」とアプローチされた監督。彼らが監督に気づいてもらいたい、一度でも監督の下で働きたい、自分の演技を見てもらいたいと公に話すぐらい、監督の撮影現場での評判が口コミとして俳優の間に広がっているようだ。そのぐらい是枝監督にはカリスマ以上の独特な存在感がある。
世界へ語る力
今回の作品『怪物』は、是枝監督の16本目(注:ドキュメンタリーを除く)の長編映画。シングルマザーの母親がある日一人息子の異変に気がつく。原因が担任の先生だと知ると、彼女は学校に怒りをぶつけにいく。母親、先生、校長など大人の視点の先にいる2人の子供達。前半は何が起こっているのかわからないまま進むので、映画の画面から目が離せない。怪物はいったい誰なのか。うそをついているのは悪者なのか犠牲者なのか。上映が終わった後には、一体何が起こったのか考えさせられる。
「脚本にあるストーリーテリング、僕にはない。この面白さを描こう」と監督は少年2人をどう表現するかストーリーだけにとまらないドキュメンタリーのような真実味を求めた。
学校に一度でも勤めたことのある教師はこの映画設定の正確さに驚くだろう。「自分の周りに学校の関係者が多いので」と話す監督は、校長や教頭先生を含む多数の教師にリサーチを開始した。「まずこの話がありえますかと尋ねたら、全員がありえると答えた」そうだ。それは守るべきはずの子供たちから遠ざかっている大人の社会、お互いを理解していない人間関係の現状を表した。「変わらなくてはいけないのは子供たちではなく、大人の世界だ」と監督は締めくくった。
この映画は今年5月にカンヌ国際映画祭でプレミアし、坂元さんの脚本賞と同時にクィア・パルム賞をダブルで受賞している。クィアを狙っていなかっただけにこの意外な受賞に監督も驚いた。誰にもいえない苦しくてせつない気持ちや、繊細な少年の純粋さを取り上げたこの作品が「多く人々の心を救うだろう」と審査員全員一致で決められたほど、ジャンルを超えた感動作品となった。
最後に次の作品について聞くと「また」という表情で「もう匿名で撮りたいぐらい」と冗談を言った監督。ぜひ世界的大監督によるこの力強い作品、しかも日本語で映画祭の大スクリーンで見られるというチャンスを逃さないでほしい。
Interview by Jenna Park for TIFF, VIFF, Japan Canada Today
バンクーバー国際映画祭での上映は以下の通り:
10月1日(日) 夜9時
10月4日(水) 夜6時
10月7日(土) 昼3時
会場は3日ともVancouver Playhouse

このインタビューの後に、映画はVIFF 観客賞を受賞! バンクーバーでもロングラン上映となった。

